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大阪高等裁判所 平成4年(ネ)495号 判決 1993年2月23日

大阪府堺市八田寺町四七六番地の九

平成四年(ネ)第四九五号事件被控訴人、

第五九八号事件控訴人

(一審原告、以下「一審原告」という)

東洋水産機械株式会社

右代表者代表取締役

松林兼雄

右訴訟代理人弁護士

村林隆一

松本司

今中利昭

吉村洋

浦田和栄

辻川正人

東風龍明

片桐浩二

久世勝之

岩坪哲

大阪府大東市緑が丘二丁目一番一号

平成四年(ネ)第四九五号事件控訴人、

第五九八号事件被控訴人

(一審被告、以下「一審被告」という)

日本フイレスタ株式会社

右代表者代表取締役

小川豊

大阪府茨木市中津町一二番八号

平成四年(ネ)第四九五号事件控訴人、

第五九八号事件被控訴人

(一審被告、以下「一審被告」という)

小川豊

右両名訴訟代理人弁護士

筒井豊

右輔佐人弁理士

西教圭一郎

摩嶋剛郎

主文

一(平成四年(ネ)第四九五号事件につき)

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は一審被告らの連帯負担とする。

二(平成四年(ネ)第五九八号事件につき)

原判決主文第二ないし第五項を次のとおり変更する。

1  一審被告らは一審原告に対し、連帯して金一四〇七万二一三一円及びこれに対する平成元年七月二九日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  一審原告のその余の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は第一、二審を通じ、これを二分し、その一を一審原告の負担とし、その余を一審被告らの連帯負担とする。

4  この判決は右1項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  申立

一  一審原告

1  平成四年(ネ)第四九五号事件につき

主文第一項と同旨

2  平成四年(ネ)第五九八号事件につき

原判決主文第二ないし第五項を次のとおり変更する。

(一) 一審被告らは、一審原告が製造、販売する原判決別紙物件説明書(一)及び(二)記載の各魚卵採取装置が一審被告小川の有する特許番号第一五〇八〇九四号の特許権を侵害するものである旨を、文書又は口頭で第三者に言いふらしてはならない。

(二) 一審被告らは一審原告に対し、連帯して金二七九六万五九二三円及びこれに対する平成元年七月二九日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(三) 一審被告日本フイレスタ株式会社は、みなと新聞及び日刊水産経済新聞に、原判決別紙謝罪広告目録記載(一)の謝罪広告を、同記載(二)の態様により、各一回掲載せよ。

(四) 訴訟費用は第一、二審とも一審被告らの負担とする。

(五) 仮執行宣言

二  一審被告ら

1  平成四年(ネ)第四九五号事件につき

(一) 原判決中一審被告ら敗訴部分を取り消す。

(二) 一審原告の請求をいずれも棄却する。

(三) 訴訟費用は第一、二審とも一審原告の負担とする。

2  平成四年(ネ)第五九八号事件につき

(一) 本件控訴を棄却する。

(二) 控訴費用は一審原告の負担とする。

第二  事案の概要

事案の概要は、原判決の事実及び理由の「第二 事案の概要」に記載のとおり(但し、同一三頁四行目の「謹告」を「謹呈」に改める。)であるからこれを引用する。

第三  争点(1、2、4)に関する当事者の主張

争点1、2、4に関する当事者の主張は、原判決一八頁五行目から同三七頁五行目までに記載のとおり(但し、同二二頁一〇行目の「、3」を削除し、同二六頁一〇行目の「胸ビレを」を「胸ビレに」と改める。)であるからこれを引用する。

第四  争点に対する判断(当審においては、原審が訴えを却下した一審原告装置(一)、(二)の製造販売差止請求権不存在確認請求〔原判決主文第一項にかかる本件確認請求〕については、不服の申立がないので、争点1に関してはその判断をしない。)

一  争点2(一審原告装置(一)が本件発明の技術的範囲に属するか否か。)

1  争点2(一)(一審原告装置(一)の胸ビレ係止台枠8が、本件発明の構成要件(二)の「直線上の線体または直線の薄い板状体」に該当するか否か。)について

(一) 原判決四三頁五行目から同四六頁八行目までの認定を引用する。

(二) 右出願経緯及び特許明細書の記載等を総合考慮すると、本件発明の構成要件(二)の「直線の薄い板状体」とは、胸ビレ係止のための部材であって、かつ、胸ビレを大きく拡げることなしに挿入できる程度の、直線状に張設されたピアノ線のような線体またはこれと同程度か類似の直線の薄い板状体をいうものと解すべきである。

(三) 一審原告装置(一)は、頭部載置台6に頭部嵌合載置部6aが設けられ、この頭部嵌合載置部6aの傾斜角度は、胸ビレ係止台枠8の上面フレーム部8a、腹部載置台9の腹部載置面9aの傾斜角とほぼ同一に形成されている。そして胸ビレ係止台枠8は、その上面フレーム部8aの腹部載置台9と対向する端より略垂直面8cを形成し、上面フレーム部8aは凹弧状に湾曲傾斜しているものであり、上面フレーム部8aの頭部載置台6に対向する側の縁部(以下「上面フレーム部8aの縁部」という。)に胸ビレ内側を引掛けてこれを係止する構成になっている(原判決別紙物件説明書(一)第5図、第6図、第10図)ところ、右上面フレーム部8aの縁部の厚みは、約一・五ミリメートル(検甲五、一四、一五)であるから、上面フレーム部8a自体は薄い板状体といえなくもないし、右縁部に魚卵を採取するスケソウタラの胸ビレを引掛けて係止した場合、上面フレーム部8aの縁部先端から約二四ミリメートル(水平距離では約一八・五ミリメートル)奥には略垂直面8cが形成されている(検甲五、一四、一五)ところ、スケソウタラの胸ビレは右上面フレーム部8aの縁部から略垂直面8cまでの奥行きよりもはるかに長いことから、下垂した胸ビレが途中で、原判決別紙物件説明書(一)第5図、第6図のように略垂直面8cに当接することとなるが、胸ビレと魚体の長手方向との成す角度が九〇度近くにもなるほどに胸ビレが大きく拡げられることはない(検乙六の一ないし六、弁論の全趣旨)。

しかし、一審原告装置(一)の胸ビレ係止台枠8は、上面フレーム部8aの縁部において胸ビレを係止させる機能を有するだけにとどまらず、頭部載置台6及び腹部載置台9とともに、これが全体として魚体載置台(搬送具)としての機能を果たす構成となっている(原判決別紙物件説明書(一)第4図ないし第6図)。即ち、胸ビレ係止台枠8の上面フレーム部8aは、その縁部で胸ビレを係止させるとともに、その上面に魚体を載置させるもので、胸ビレ係止のための部材であるとともに、魚体載置のための部材でもあるのであって、そのため、上面フレーム部8aは、頭部載置台6及び腹部載置台9に合わせた凹弧状の湾曲傾斜とされ、直線とはなっていないのである。従って、一審原告装置(一)は、本件発明の構成要件(二)の「直線状の線体または直線の薄い板状体」を具備するものではない。

また、前示の本件発明の構成要件、特許明細書の記載及び特許出願の経緯に照らずと、右「直線状の線体または直線の薄い板状体」は本件発明の本質的部分に関わる構成要件であると認められ、かつ、一審原告装置(一)の胸ビレ係止台枠8の上面フレーム部8aが、直線状ではなく凹弧状の湾曲傾斜とされているのは魚体載置機能をも併せ有しているためであることにも照らすと、一審原告装置(一)の胸ビレ係止台枠8(ないしその上面フレーム部8a)を、本件発明の構成要件(二)の「直線状の線体または直線の薄い板状体」と均等ないし設計上の微差であると認めることもできない。

2  争点2(二)(一審原告装置(一)は、本件発明の構成要件(三)の「搬送される魚体を、・・・線体または板状体との距離を相対的に近付けて、・・・線体または板状体を魚体の胸ビレに、その胸ビレを大きく拡げることなしに挿入させる手段」を具備しているか否か。)について

当裁判所も一審原告装置(一)は本件発明の構成要件(三)の「挿入させる手段」を具備しないと判断するが、その理由は、次のとおり付加訂正するほかは、原判決五〇頁一行目から同五四頁一行目までの認定と同一であるから、これを引用する。

(一) 原判決五一頁八行目の「7行」の次に「、6頁」を加える。

(二) 同五三頁五行目の「その」から同八行目の「拡げられる。」まで及び同九行目の「右二点のいずれからみても、」を、各削除する。

(三) 同一一、一二行目の「その胸ビレを大きく拡げることなしに」を「・・・」と改める。

二  争点3(一審被告陳述流布行為が不正競争防止法一条一項六号の虚偽事実陳述流布行為に該当するか否か。)

当裁判所も一審被告陳述流布行為は虚偽事実の陳述流布行為に該当すると判断するが、その理由は、原判決五四頁三行目から同五五頁五行目までに認定のとおりであるから、これを引用する。

三  争点4(一審被告らが、現在一審原告装置(一)、(二)が本件特許権を侵害する旨を陳述、流布しているか否か、将来同旨の行為をするおそれがあるか否か。)

現在一審被告らが、特定又は不特定の第三者に対して、一審原告装置(一)、(二)が本件特許権を侵害する旨を陳述、流布している事実を認めるに足る証拠はない。そして、一審原告が現在一審原告装置(一)の製造、販売を中止し、これを再開することは予定しておらず、一方一審被告らにおいても将来一審原告がその製造、販売を再開しない以上、一審原告に対し、その製造、販売の差止請求権を行使する意思のないことは、原判決三七頁八行目の「原告が」から同三八頁九行目の「いない(甲三五)。」までに認定のとおり(但し、同三七頁一一行目の「被告小川」を「一審被告ら」と訂正する。)であり、また、一審原告が一審原告装置(二)の製造、販売を開始したのは早くても平成元年八月ころ以降と推認され、一審被告陳述流布行為においてその対象とされていたのは、一審原告装置(一)のみであって、一審原告装置(二)を対象として一審被告陳述流布行為がされたことはないと認めるべきことは、原判決三九頁一行目の「原告は、」から同四二頁七行目の「明らかである。」までに認定のとおり(但し、同三九頁三行目の「二年」を「元年」と訂正する。)と認められ(なお当審証人桜井の証言中、右認定に反する部分はにわかに措信できない。)、かつ、一審原告装置(二)が本件発明の技術的範囲に属しないことは当事者間に争いがないことにも鑑みると、将来、一審被告らが、第三者に対して、一審原告装置(一)、(二)について、それが本件特許権を侵害する旨を陳述、流布するおそれがあるとは認められない。従って、一審原告の本件差止請求は理由がない。

四  争点5(一審原告が一審被告らに対して損害賠償請求権及び謝罪広告請求権を有するか否か)

1  争点5(一)ないし(四)(損害賠償請求の可否)について

(一) 一審原告装置の発注と発注撤回をめぐる事実関係

証拠(甲一八、一九~二二の各1、2、二四~三〇、三二、三六、三七、三八~四一の各1、2、四六、乙六、一八の1、2、原審及び当審証人桜井)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(1) 一審原告は、左記のとおり、平成元年五月一二日から同年六月八日までの間に泰東製鋼株式会社外三社から合計二六台の一審原告装置(前示認定のとおり一審原告が一審原告装置(二)の製造、販売を開始したのは早くても平成元年八月ころ以降と推認されることから、一審原告装置(一)と推認される。)及びスペアパーツの発注を受けたが、その後、前記のとおりの一審被告陳述流布行為がなされ、一審原告としては、これに対応すべく、本件警告行為に対しては、弁護士・弁理士に検討を依頼し、一審原告装置は本件発明の構成要件(二)の「直線上の線体または直線の薄い板状体」、同(三)の「(魚体の)胸ビレを大きく拡げることなしに挿入させる手段」を具備しておらず、一審被告会社の権利を侵害しないとの検討結果を得て、その旨の同年六月三〇日付回答書を一審被告会社代理人宛てに発送し、本件広告1に対しては、同年七月一一日付の業界紙(みなと新聞、日刊水産経済新聞)に右広告よりも大きなスペースで反論の広告を掲載し(なお、右各広告には本件発明の特許出願公告番号の誤記があったため、後日右各紙に訂正通知広告を掲載した。)、本件広告2に対しては、同月一七日、大阪地方裁判所に一審被告会社を被申請人として、本件訴訟を本案とする不正競争防止法に基づく侵害事実の陳述、流布の禁止の仮処分申請(同裁判所平成元年(ヨ)第二一七一号)をし、同月一九日右申請の認容決定を得、更に同月二五日本件訴訟を提起し、その間取引先に事情を説明する等の努力を行ったが、前記各発注に関しては、本件広告1等によって一審被告陳述流布行為を覚知した各発注会社が、紛争に巻き込まれることを懸念して、それぞれ、左記のとおり右各発注を撤回するに至った。

<1> 泰東製鋼株式会社(甲二四、三八の1、2)

ア 受注

受注日 平成元年五月一二日

機種 TOYO-六六〇A型 五台

単価 九一〇万円

代金合計 四五五〇万円

イ 撤回

撤回日 平成元年七月二五日

<2> 大洋漁業株式会社(甲二五、二六、三九の1、2、乙一八の1、2)

ア 受注

受注日 平成元年五月三〇日

機種 TOYO-六六〇A型 五台

TOYO-六六〇B型 三台

単価 A型 一〇五〇万円

B型 一一〇〇万円

代金合計 八五五〇万円

イ 撤回

撤回日 平成元年七月二五日

<3> 泰林産業株式会社(甲二七、二九、四〇の1、2)

ア 受注

受注日 平成元年六月二日

機種 TOYO-六六〇A型 八台

単価 一〇五〇万円

代金合計 八四〇〇万円

イ 撤回

撤回日 平成元年七月二〇日ころ

<4> 正英工業株式会社(甲二八、三〇、四一の1、2)

ア 受注

受注日 平成元年六月八日

機種 TOYO-六六〇B型 五台

スペアパーツ 二年分

単価 B型 一一〇〇万円

スペアパーツ 六三九万八八二〇円

代金合計 六一三九万八八二〇円

イ 撤回

撤回日 平成元年七月一七日ころ

(2) 前記発注撤回はあったが、前記一審原告の努力もあって、一審原告は平成元年六月以降同年一二月までの間に合計二四台の一審原告装置の発注を受け、これをそれぞれ納品したところ、その内、米国セントポール・シーフーズ社に納品された五台は、一審原告が、一審被告会社の権利主張が正当であったときは、その取引先に生じる全損害を填補する旨の保証をして泰東製鋼株式会社に販売したものであるが、右五台は、前記発注撤回された五台とは別個の発注であり、前記発注撤回分については、一審原告は現在に至るまで再発注を受けていない。

また、泰林産業株式会社及び正英工業株式会社との間では、その取引関係自体がまったくなくなった訳ではないが、前記発注撤回以降現在に至るまで、一審原告は一審原告装置の発注も前記発注撤回分の再発注も受けていない。

これに対し、大洋漁業株式会社との関係では、一審原告は現在も取引関係を継続しているのみならず、その後も一審原告装置の発注を受けており、前記二四台中その相当数の発注が同会社からの発注と推認されるが、うちソ連船向けに五台の発注があったことは明らかにされているものの、その他の発注内容の詳細(前記発注撤回となった分の再発注分があるかどうかも含め)が明確でなく、また、前記発注撤回となった八台はいずれも納期は未定、内四台については納入先も未定という形での発注であったことからすると、前記発注撤回後に一審原告が大洋漁業株式会社から発注を受けた中に、右発注撤回分の再発注に該当するものがあった可能性を否定できない。

以上の事実が認められ、乙第四号証、第七号証、第一一号証、第一二号証、第一七号証、第一九号証、第二一号証、検乙第五号証及び原審証人水谷の証言中、前記認定に反する部分はいずれもにわかに措信できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

(二) 発注撤回の有無、発注撤回と一審被告陳述流布行為との因果関係及び発注撤回による損害発生の有無

右認定事実によれば、一審原告は、泰東製鋼株式会社、泰林産業株式会社及び正英工業株式会社から合計一八台の一審原告装置及びスペアパーツ、代金合計一億九〇八九万八八二〇円の発注を受けていたにかかわらず、一審被告陳述流布行為のためにこれが発注撤回され(一審被告陳述流布行為と発注撤回との間の因果関係を肯定するには、一審被告陳述流布行為が発注撤回の契機となっていることを要することはもとよりであるが、取引先がその陳述流布行為の虚偽部分を真実と信じたために発注を撤回したことまでは要しないというべきであり、前記認定事実からその因果関係はこれを優に認めることができる。)、その製造販売ができなかったことによって、これを製造販売していれば得られたであろう純利益相当額の損害を被ったものと認められる(なお、発注撤回があったからといって、この種装置を製造、販売しているのが実質上一審原告と一審被告会社の二社である〔甲三二、原審及び当審証人桜井〕ことからすると、発注撤回分につき一審被告会社に対する発注があればともかく、これがない以上は一審原告に発注がなされる可能性も十分あり得、その限りではいまだ前記認定のような発注撤回分について得べかりし利益相当の損害の発生は認められないのではないかとも考えられないではない。しかし、一審原告に対する発注の可能性があり得るとしても、それは将来の不確定的な可能性〔必ず将来の発注があるとは断定できないし、発注がなされるとしても一審被告に発注される可能性も否定できない。また、現在は二社しかこの種装置の製造販売会社がないといっても、新規参入会社が出てきて、その会社が受注することもまったくあり得ないではない。〕に過ぎず、しかも前記発注三社との間では、前記発注撤回後、一審原告の前示努力にもかかわらず、再発注もないまま既に三年以上が経過していることにも照らすと、発注撤回による得べかりし利益喪失の損害は現にこれが発生しているものと認めるのが相当であり、これをいまだ発生していないものとして否定することはできないというべきである。)。

しかし、大洋漁業株式会社の関係では、前記認定のとおり、平成元年七月二五日、既発注の一審原告装置八台につき、一旦発注撤回がなされた事実は認められるものの、その後も一審原告は大洋漁業株式会社から一審原告装置につき相当数の発注を受けており、その中に前記発注撤回分の再発注(発注撤回の取消にあたるが、手続上再発注の形式がとられたもの)があった可能性が否定できず、そうすると、結局のところ発注撤回はなく、従ってその損害発生もなかったのではないかとの疑いを否定することができず、右疑いを払拭し、その損害発生が現にあったことを認めさせるに足るだけの確たる証拠は存しない。従って、大洋漁業株式会社の関係では、その得べかりし利益相当額の損害賠償請求はその余について判断するまでもなくこれを認めることができない。

(三) 発注撤回による一審原告の損害額

一審原告は、その決算報告によれば、昭和六三年九月一日から平成元年八月三一日までの総売上高一八億八五三七万二八一〇円に対し、右期間の当期利益は一億一六八四万三二三三円、同年九月一日から平成二年八月三一日までの総売上高二七億四六二一万一八五〇円に対し、右期間の当期利益は一億五八五四万九一五八円であったもの(甲三一、三三)で、一審原告の商品全体についての純利益率はそれぞれ、約六・二パーセント、約五・八パーセントであるところ、一審原告装置(一)は新製品であり、また前示のとおりこの種装置のメーカーが実質的には一審原告と一審被告の二社のみである関係から、他の一審原告商品より利益率はよかった(原審証人桜井)ことからすると、一審原告装置(一)の製造販売による純利益率は、少なくとも五・八パーセント程度はあったものと認められる。

そうすると、一審原告が、泰東製鋼株式会社、泰林産業株式会社及び正英工業株式会社三社からの発注撤回により被った得べかりし利益相当の損害額は、前記代金合計一億九〇八九万八八二〇円の五・八パーセントの一一〇七万二一三一円(一円未満切り捨て)と認めるのが相当である。

(四) 一審被告陳述行為による一審原告の営業上の信用毀損の有無とその損害額

一審被告陳述流布行為が一審原告の営業上の信用を害するものであることは前示判断(争点3に対する判断)したとおりであり、(1)右一審被告陳述流布行為の内容、(2)一審原告装置(一)は、主としてタラ漁の漁船に搭載する機械であるが、タラ漁は毎年、タラがタラコを持っている一〇月中旬から翌年三月までが最盛期であり、その製造日数を考慮すると同年五月から七月までがその最大の受注時期であること(甲三二)から、一審被告陳述流布行為は、一審原告の営業活動にとって極めて重要な時期になされたものであること、(3)前示のとおり一審原告は、<1>本件警告行為に対し、弁護士・弁理士に検討を依頼し、一審被告会社の権利を侵害しないとの検討結果を得て、その旨の平成元年六月三〇日付回答書を一審被告会社代理人宛てに発送し、<2>本件広告1に対しては、同年七月一一日付の業界紙(みなと新聞、日刊水産経済新聞)に右広告よりも大きなスペースで反論の広告を掲載し(なお、右各広告には本件発明の特許出願公告番号の誤記があったため、後日右各紙に訂正通知広告を掲載した。)、本件広告2に対しては、同月一七日、大阪地方裁判所に一審被告会社を被申請人として、前示の仮処分申請をし、同月一九日右申請の認容決定を得、更に同月二五日本件訴訟を提起し、その間取引先に事情を説明する等の対応、努力を強いられたこと、(3)それにもかかわらず、前示のとおりの発注撤回が生じるに至ったこと等、本件に現れた一切の事情を総合考慮すると、右営業上の信用毀損による一審原告の損害額は三〇〇万円と認めるのが相当である。

(五) 一審被告らの責任

一審原告装置(一)が本件発明の技術的範囲に属さず、一審原告の右装置製造、販売が本件特許権を侵害しないことに、前示の本件発明の特許出願の経緯を併せ考慮すると、一審被告陳述流布行為は少なくとも一審被告会社代表者である一審被告小川の過失に基づくものと認めるのが相当である。

従って、一審被告らは連帯して一審原告が被った前記損害(合計一四〇七万二一三一円)を賠償する義務がある。

2  争点5(五)(謝罪広告請求の可否)について

一審被告陳述流布行為により、右損害賠償の他に謝罪広告を必要とするほど一審原告の営業上の信用が著しく害された事実を認めるに足りる証拠はない。従って、一審原告の本件謝罪広告請求は理由がない。

第五  結論

以上の次第で、一審原告の請求は、一四〇七万二一三一円の損害賠償とこれに対する平成元年七月二九日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるので、右限度でこれを認容すべきであるから、原判決中一〇〇〇万円の損害賠償とこれに対する平成元年七月二九日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を認容した部分は、その限度では相当であって、一審被告らの控訴は理由がないが、これを超え右認容額に至る部分の請求を棄却した部分は不当であり、一審原告の控訴は一部理由がある。

よって、一審被告らの控訴(平成四年(ネ)第四九五号)はこれを棄却し、一審原告の控訴(平成四年(ネ)第五九八号)に基づき、原判決主文第二ないし第五項を変更することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法九五条、九六条、八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 潮久郎 裁判官 山﨑杲 裁判官 上田昭典)

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